波 40000文字

 

とある居酒屋の一席。

何故歳をとると男達は社会的地位にこだわるのだろうか。彼は誇りたいものが欲しいのだ。

 

「俺には人に誇るものが何ひとつない。 」

 雅也はそうひとりごちて先ほどの居酒屋の席での自身のポジションを呪ったのだった。その席には女の子が二人と、株式会社の社長と若い有能なデザイナー、システムエンジニアがいた。みんな自分の誇れるものをひとつは持っていた。

 「一体今の俺に女の子に対してアピール出来るところがあるだろうか。社会的地位もない。今年30歳で大して若くもない」

 

劣等意識が彼の心に波のように広がって自尊心を蝕んだ。 

 

何かやらなければならないんだ。このまま何もせずに朽ち果てていくわけにはいかない。馬鹿にされるだけが、軽蔑されるだけが人生じゃない。 

 何かしらの勲章があってもいいはずだ。

 

何年か前にも同じようなことを考えていたようだが、結局行動に移しても3日坊主に終わる。英語の勉強にしても、プログラミング にしても、続かないのだ。物事に執着して習得しようという意志がないのだ。そういうこともあって彼は自分の脳に異常があるのではないかと思った。集中力が続かないのだ。

 

居酒屋での男達はみんな自信ありげに愉快に話していた。そして話がとにかく途切れなかった。彼らは学校で学ぶ頭の良さは平凡であったが、処世術における頭の良さは群を抜いていた。

 

「俺に足りないものはなんだ?」

 

自問自答の先に見えたもの、何気ない毎日の努力。 

 「何されてるんですか?え〜!すごいですね!面白そう!」

 彼の人生で長らく枯渇していたものはこのような種類の喝采であった。黄色い喝采こそが彼の求めてやまないものだった。いわば彼はモテたいのだ。 

 

男性向けセミナー

「さぁ世の男性のみなさん、あなた方は何故そんなにも抑圧されているのでしょうか。誰があなた方をそのような境遇に陥らせたのでしょうか。他でもありません。あなた自身なのです。あなた自身がありもしない未来にたいして無駄に期待し過ぎた結果なのです。人に期待して、自分自身何もしなかった。その結果としてのあなた自身なのです。

 さぁ、変わるべきなのはあなた自身なのです。

 誰もあなたを救ってはくれません。」

 

女達は男達の何を見ているのだろうか。容姿?学歴、仕事?年収?トークの内容?思考?生活力?わからない。

 

「純粋な学問を愛してはいけないだろうか?君はどう思う?この実学重視の世の中で僕は純粋に学問をしたいのだ」 

 雅也の友人の圭介が言った。

 圭介の言いたいこともわからないわけではなかった。

 

圭介は家に帰ると久しぶりにコーヒーを淹れた。ミルにコーヒー豆を入れて豆を挽いた。部屋の中は芳醇な香りが漂った。彼にとってこの一連の作業がいわば儀式化されていた。日常生活の中で混乱が起きると、彼はコーヒーを淹れた。そして、カントの「純粋理性批判」を読んだ。

 

 彼は一体何を愛していたのだろう?

 

深夜車両の中での西岡との語らい? 

恋人との甘美な愛撫?

 

「なんて要領