自殺願望のイルカたち

 何故人は自殺なんか考えるのだろう。

 18歳の僕は「自殺願望」に囚われていた。何故そのような願望に囚われててしまったのか、自分でもよくわからない。

 その頃僕の友人二人が立て続けに自殺をした。原因は不明だった。遺書らしきものも残っていなかった。一人は電車のホームから飛び降りて特急列車に轢かれて死んだ。もう一人は自宅で手首を切って死んだ。後者の方は一人で暮らしていたために発見が一月ほど遅れた。遺体は腐臭を放ち、蛆がわいていた。

 当時付き合っていた彼女は

「どうして死んじゃうのかしら」

「わからないよ。人の死を解明するのなんて不可能に近いんじゃないかな。いくつもの原因が折り重なって、『死』に至るんだと思う。その『死』が可能性としての死なのか、絶望なのかはよくわからないけどね。」

 「人によって絶望の度合いは違うものね」

「死にたいって思ったことある?」

「あるよ」

「何歳の時?」

「18歳の時だね。」

「どうして?」

「さぁ?理由は忘れたね」

 忘れたことが出来たから今生きているのかもしれなかった。

その日僕と彼女は水族館にイルカショーを見に行くことになった。彼女は先日27歳の誕生日を迎えていた。彼女は自分が歳をとることに対してうまく受け入れられていないようだった。常々歳を取るたびに魅力が失われていくのではないか、という危惧を抱いていた。僕は30歳になって3ヶ月が経とうとしていた。20代が終わり次のステップに乗り出したわけだが、最近仕事を辞めて今はフリーランスのエンジニアで生計を立てている。

 イルカショーは午後の13時30分からだったのでまだ時間まで30分近くあった。僕は近くの売店でビールを買うと近くのベンチに座ってそれを飲んだ。日曜日の水族館は親子連れとカップルでこ

 「ねぇ、私仕事をやめようと思うの」

 妻はフードコーディネーターとして働いていた。

「どうして?」

「何か落ちつかないのよ。自分にはもっと違う可能性があるんじゃないかって。」

 「だからと言って何かやりたいことがあるのかい?」

「特にないわね」

 

イルカショーは予定通りに始まった。イルカたちはパフォーマー達の言うとおりに演目をこなしていった。僕はビールの残りを飲んでしまうとiPhoneを取り出し、ラインを確認した。クライアントから仕事の依頼があったので、快諾の返信をした。

 「ねぇどうしてイルカはあんなに人間に従順なのかしら」

「さぁ、調教の賜物だろうね」

 僕は調教の歴史をひもとこうかと思ったが、思いなおしてやめた。人類がいかにして権力者たちに対して、不従順だったかを。法を制定することよって体罰を設けなければならなかったか。世界には様々な調教の方法があるのだ。

 

イルカショーが終わると僕と妻は近くの喫茶店でビールを飲んだ。初夏の太陽の光が窓ガラス越しに店内に差していた。

 2杯目のビールを頼見終わった時に外がやけに騒がしかった。悲鳴のようなものが聞こえた。僕は妻を店内に残して一人で悲鳴の聞こえた方へ歩いていった。

 それは凄惨な光景だった。黒いパーカーのフードを被った男が無差別に人々を出刃庖丁で襲っていた。僕は無差別事件はニュースで見ていて知っていた。そのニュースを見た時から僕は何をすべきかを決めていた。 

 僕はとっさに犯人に向かって走っていた。右手には何も持っていなかった。犯人の背中にハイキックを食らわす。僕の暴力はそのまま止まることはなかった。相手の首根っこを掴んで顔をぐちゃぐちゃと殴っていた。気づいたときには周囲の人に止められた。

 僕は自分でもわけがわからなかった。まるで自分じゃないようだった。

 今では僕も30歳になっていた。今から10年前の話だった。

 pain。