YES sir !

 無性にホテルのバーで酒が飲みたくなる時がある。それは決まって夏の夕立ちが去った後だ。そんな時はまっさきに、仕事もはやめにきりだして、キンキンに冷えたビールを行きつけのバーに飲みにいく。そして、夜になる前の都市を眺める。アスファルトは乾き始めて、OL達は足早に恋人達のところへ急いでいるように見える。もしかしたら単にスーパーに今晩の食料を買いに求めるだけかもしれない。いずれにせよ夕立ちのさった都市は魅力的だった。いつまでもその風の先を追っていたかった。

 

3杯目のビールを飲み始めた時に髪の長い女が近づいてきた。齢は30歳手前ぐらいだろうか。身なりは清潔感に溢れルイヴィトンのバッグを肩からぶら下げていた。

 

「失礼ですが、田島明彦さんですか?」

 僕の名前を知っていた。しかし僕の方は彼女の事を知らなかった。見覚えのない顔だったし、声音も聞いたことがなかった。

 「はい。そうですが。どちら様ですか?」

 僕はあたう限り慎重に切り返した。もしかしたら僕の記憶から消えてしまっているだけであって、彼女は僕の記憶を持っているかもしれなかった。 

 「私はこういうものです」

 名刺が渡された。小野真知子。そこには職業としての「性格分析官」という肩書きが書かれていた。

 「性格分析官?」

 一体何のためにそんな職業があるのか僕は気になり出していたが、この高度に洗練された資本主義社会ではそのように職業も細分化されるのだろうと思いあまり首を突っ込まないようにした。

 「それで僕に何のようですか?」

「性格検査をさせて頂きたいのです」

 「何のためにですか?そんなこと言われても僕は要求に応えることはできませんよ」

 

「ご存知ではないですか?これは国民の義務なんです。田島さん、あなたに選択の余地はないんです。やらなければならないことなのです。最近ニュースは見てらっしゃらないですか。政府が決めたんです」

 僕は半年前に新聞を解約してしまっていて情報には疎かった。

 「わかった。やればいいんですね」

「御協力ありがとうございます」

  その性格検査は異常者を探知するようにできているらしかった。質問の傾向からしてそう感じられた。

「出来ました」

「ありがとうございます」

  性格分析官は事務的に無表情に分析していった。

「残念ながらあなたの性格は『不適応』とでましたので身柄を拘束させて頂きます」

「ちょっと待って!そんな理不尽が許されるわけがないじゃないか」

「あなたは人よりズレています。だからあなたは私たちの管理に置かせてもらいます」

 

僕は黒いサングラスをかけた屈強な男達に両脇を抱えられ、黒塗りの車に乗せられた。そして耳にヘッドフォンを当てられ頭には布袋が被された。

 酔いはすでに冷めていた。さっきまでの僕の静謐な時間は後ろに遠ざかり、夏の女の子達は柑橘系の香りを髪から漂わせていた。これで今年の夏も終わりだな、そうひとりごちた。

 

車は走っているらしかったが、何処へ向かっているかは皆目わからなかった。

 

「着きました。」

「ここは?」

 黒服の男達は何も答えなかった。

 

 牢獄には囚人服をきた男達が入れられていた。

みんなおんなじ顔をしていた。なんでこんな仕打ちにあわなければならないんだ、彼らは不条理に絡めとられていて抜け出せないでいた。

 

 「今日からみなさんはここで生活していただきます。食事は一日に3食、トイレはそこの壁を隔てた所のものを使ってください。」

「おい、俺たちの何がいけなかったんだ。」

「あなた達は生きているだけで他人を傷つける。だから隔離します。」

「意味がわからんぞ」

 

僕は諦めて腰を下ろした。

 

そこでこめかみの辺りが痛くなるような感覚がした。

 

 

僕は夢から覚めた。

「なんだ夢か。」

 時計は0613を指していた。僕は眠れる気がしなかったので歯を丁寧に磨き、顔を洗い、入念に髭を剃った。それだけやってしまうと、いくらかまともな気持ちになった。ある種の混沌から秩序めいたものを手に入れることができた。

 

朝食を食べ終わると電話がかかってきた。

「小野です。只今から迎えに参ります。」

 

夢はまだ続いていたのだ。

 

「ちょっと待ってよ!